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2012/05号 更新情報

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やまちゃんのひとり言 山本 聖悟
 


2012 05月号

イースター

イースターはキリストの復活祭で、この出来事がなかったら世界中の教会は存在しなかったというぐらい大切な行事です。日本的には、影が薄かったのですが、最近では、ディズニーリゾートなどで「イースターフェアー」を始めていて、だんだんメジャーになってきそうな感じです。イースターが世間に広まっていくのがうれしい反面、クリスマスやバレンタインのように本来の意味が失われてしまうのではないかという心配もあります。しかし何であれ聖書の出来事にふれる機会が増えるのは、良い事だと思います。

十 なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。 ルカ24:5


2012 04月号

季節はだいぶ春めいてきましたが、店の経営は氷河期で未だ春は来そうにありません。しかし被災地の方々に比べたら、幸せなのかもしれません。もしも店が津波に流されたら・・・家族を失ってしまったら・・・想像しただけでゾッとします。また、世界中の人々がそれぞれの人生を精一杯生き、奮闘しています。私もまた、雑草がコンクリートを割って芽を出すように今しばらくコンクリートの下で春の雨を待ち望みつつ、もがいてみたいと思います。

十 春の雨の季節には、主に雨を求めよ。主は稲妻を放ち彼らに豊かな雨を降らせ、すべての人に野の草を与えられる。 ゼカリヤ書10:1



2012 02月号

あきらめない。

私には夢がある。それは、今の実力では達成できない。私には夢がある。それが達成できたとしても歴史には残らない。私には夢がある。それは、たくさんの人を幸せには出来ない。
しかしその夢は、私が愛する人々を何人か幸せにできると信じている。その夢を想えば思うほど逆境が私の前に立ちはだかる。しかし、祈り続ければいつかは叶う。だから絶対にあきらめない。

十 イエスは気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために。弟子たちにたとえを話された。 ルカ18:1


2012 01月号

一本松

岩手県陸前高田市の津波で一本だけ流されずに生き残った「奇跡の一本松」をテレビで見ました。この一本松が特別に強かったわけではなく、周りの七万本の松に守られたからではないか?と私は考えます。その事を思い巡らしていると、私もこの一本松のようだと考えました。多くの尊い犠牲に守られて、今日も生かせれています。あの一本松のように「希望の木」にはなれませんが、自分が生かされている意味をかみしめながら、新しい一年も頑張りたいと思います。

十 安穏にいかされているようでも その歩む道に目を注いでおられる方がある。ヨブ記24:23


2011 12月号

赦し

ある先生から聞いた話です。お金持ちとその家に仕えるお手伝いさんがいました。ある日、お手伝いさんが高級な皿を割ってしまいました。優しいお金持ちは、「気にしないで、なかった事にしましょう。」と優しく言いました。数日後、お手伝いさんは、また高級な皿を割ってしまいました。それでもお金持ちは、「気にしないで、なかった事にしましょう。」と優しく言いました。そして数日後、お手伝いさんは再び高級な皿を割ってしまいました。とうとうお金持ちは怒ってしまい「あなたこれで3回目よね!!」と言ったそうです。この話を聞いて、人の罪を「なかった事」に出来るのは神様だけかなと思いました。私も人の過ちを赦せない者の1人ですが、その人のために神様に祈る事から始めたいと思います。

十 赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される。 ルカ6:37


2011 11月号

一番?

長い間お世話になったお客様が四国へ転勤される時に「自分の料理が一番おいしいと思って作らんといかんよ。」というお言葉を頂きました。私も日々、そうありたいと奮闘していますが、なかなかそうは思えません。また、上には上がいるし、味覚も十人十色ですので、全ての人に合わせるのは難しいものだと思います。しかし、私にしかできない料理があり、私の料理を食べて幸せを感じてくださる方がおられる事も確かです。その事を信じて、10年目の年も神様にゆだねて歩んでいきたいと願います。

十 あなたの業(わざ)を主にゆだねれば計らう事は固く立つ 箴言16:3


2011 10月号

祈る人

先日の女子ワールドカップ決勝のPK戦でキャプテンの澤選手が自分では蹴らずに他の選手に託し、祈っていた姿が印象に残りました。
もし、私だったら自分でおもいっきり蹴って、見事に外していたと思います。大きな偉業の陰には、必ず祈る人がいるのではないかと思います。来年のオリンピックがとても楽しみですが、是非、全能の神に祈って頂いて、サッカーだけではなくあらゆる面で支えられて、素晴らしい試合が出来ますように、私も祈ります。

十 主があなたを祝福し、あなたを守られるように。
The LORD blwss you and keep you 民数記 6:24


2011 09月号

なでしこ

先日のワールドカップ優勝で、すっかりなでしこジャパンのファンになってしまった私ですが、改めて女性の強さを思い知らされた出来事がありました。もしも、男性のチームだったら、途中で諦めていたのではないかと思います。それだけ女性には忍耐力が男性以上に備わっているのではないでしょうか。旧約聖書の創世記において、神が一番最後に女性を創られた事実は女性が神の最高傑作であることを裏付けています。私は、プライドが先に立ってしまい、妻を敬えない事が多いですが、私よりも優れた助け手を、神が備えてくださった事を感謝したいと思います。

十主なる神は言われた。「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を創ろう。」創世記2:18



2011 08月号

地球より重いもの

昔ある政治家が「命は地球より重い。」と言った。そうです。私も本当にそうだと思いますが、先日の震災では、たくさんの命が犠牲となりました。神を信じる私でも「神はその時、何をしておられたのですか?」と問いたくなります。
しかし「死んでも終ではない。」というのが、聖書のメッセージです。この世は、ほんの氷山の一角のようなものであり、目に見えない天国の方が何倍も大きく大切だというのです。なんということでしょう!
地球より重い大切な命を神が軽く扱われるはずもなく、死の向こう側の命をも支配しておられると信じたい今日このごろです。

十 イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。」 
ヨハネ11:25



2011 07月号

大変

今、日本は色々な意味で大変な時代です。先日の震災で、大自然の恐ろしさを改めて思い知らされました。
しかし、聖書の創世記で人間が一番最後に神の言葉によって創られた事を見る時、大自然は人間のために作られたことがわかります。そして神は、地球の管理を人間に任されました。私たちは、ついつい大自然を所有しているかのように勘違いしてしまいますが、大自然は神からの預かり物である事を覚えて、この大変な時こそ、私たちが大きく変わるチャンスではないでしょうか?

十 神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」 創世記1:28

2011 06月号

つぶやき

先日、3ヶ月間の入院をしていたお客さんのお話を聞きました。どんな病気なのかはわかりませんでしたが、その表情からとても辛い3ヶ月間だった事が伝わってきました。しかし、クリスチャンであるこの方は、入院中毎日読んでいた聖書の箇所を教えてくださいました。そこには、イスラエルの王ダビデが毎朝、神に正直に祈っていた姿が描かれています。この広大な宇宙を造られた神が、私たちの小さなつぶやきさえも聞いてくださるとは何と幸いなことでしょう。

十 主よ、わたしの言葉に耳を傾けつぶやきを聞き分けてください。 詩編5:2


2011 03月号

影あそび

小さい頃、よく影あそびをしました。伸びたり、縮んだり、いろんな形になったりするのを、とても不思議に思いました。そして、どこまでも走っても光がある限り、ずっと私から離れない事にびっくりしてました。最近読んだ聖書に神も影と似ているという事が書いてありました。光の源である神が、いつも共におられるのであれば、暗い道を走る時でも、大丈夫です。

十 主はあなたを見守るに方 あなたを覆う陰、あなたの右にいます方。 詩編121:5


2011 02月号

29年前の逆チョコ

私が小学校3年生位のバレンタインデーの時に、何を思ったのか、気に入っている女子数人にチョコレートをあげた事がありました。しかもそれは、私の父のパチンコの景品のチョコをチラシで包んだもので、思い出すと顔から火が出るような出来事でしたが、現代の逆チョコを29年前に先取りしていた事になります。最近は、友チョコや自分チョコなど色々ありますが、元々はバレンタイン司教という人が結婚を禁止されていた事に抵抗したために処刑された日を覚える日ですなわち「お互いの愛をたしかめあう日。」なのだそうです。今年も大切な人や、お世話になっている人々へ感謝の気持ちを、私なりに表す事ができたらいいなあと思います。

十 たとえ山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ無に等しい
Iコリント13:2


2011 01月号


うさぎの話

あるお客さんが教えてくださった話です。神様が人間の姿をとって降りてこられました。神の人は、寒さと空腹で困ってました。そこへ力もちのクマがたき木をたくさん持ってきてくれました。次に頭のいいサルがやってきて、火をおこしてくれました。3番目にうさぎがやってきましたが、力もなければ知恵もありません。そこでうさぎは、自らひに飛び込んでその人の食料となりました。そのうさぎの行動に心を打たれた神様は、うさぎを月の中にあげて、いつまでも神様のそばにおいたそうです。この切ない話を聞いた時、聖書の話にどこか似ているなぁと思いました。新しい年、私も神様の役に立ちたいと願います。

十 自分の命を得ようとする者はそれを失い、わたし(神)のために命を失う者は、かえってそれを得るのである。 マタイ10:39


2010 12月号


カノン

先日、わが家に待望の娘が誕生し、名前を「かのん」と名付けました。古代ギリシャ語のカノーン(ものさし、基準の意)を語源とする「カノン」からとりました。キリスト教では聖書正典。音楽では輪唱という意味があるので、聖書に親しみ、周りの人ともうまくやっていけるようにという願いが込められています。自分のものさしではなく聖書を基準として、神と共に歩み、自分自身のように隣人を愛する人生を元気に過ごしてほしいとパパは願っています。

十だから、人にしてもらいたいと思うことは何でもあなたがたも人にしなさい。 マタイ7:12


2010 11月号


金よりはるかに

チリ落盤事故で2番目に救出されたマリオさんは、お土産に金のついた鉱石を大統領にプレゼントしました。私だったら隠し持っておいて、店の経費にあてただろうなあと思いましたが、マリオさんのとっては、生きて地上に出られた事のほうがはるかに価値のある事だったのでしょう。地中に閉じこめられた33人はどれだけ祈った事でしょうか?救出されて、神にその栄光を帰した彼らの信仰は、金よりはるかに尊いと思います。

十あなたがたの信仰は、その試練によって本物と証明され、火で精錬されながらも朽ちるほかない金よりはるかに尊く   エペトロの手紙1:7


2010 9月号

虹 を見たかい?

7月の終わり頃、店の前で旗を振っていたら、近所のお寿司屋さんが西の方から手をあげました。私は、あいさつだと思い、手を振りました。しかし、お寿司屋さんは、私の向こう側を指さしました。しばらくして、東を見ると、とても大きな虹がかかっているのに気付いて、私はとても恥ずかしくなりました。日常の生活にも自分の事ばかりに気をとられて、周りの事が見えなくなる事がよくあります。ノアの箱舟の時代に洪水の後、神は恵の契約のしるしとして、虹を置きました。自分の困難ではなく、神の喜びの約束に今年はあと何回、目を向ける事が出来るでしょうか?

十 雲の中に虹が現れると、わたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める。  創世記 9:16


2010 8月号

蚊帳の中

小さい頃の私の家は、山の中にあった上にすき間だらけでした。蚊がとても多かったのですが、夜になると母が蚊帳をはってくれたので、蚊帳の中はキャンプのテントのように楽しく、とても安心して眠れた事を覚えています。現在、宮崎は、口蹄疫の影響が色々な所に現れ、まるで蚊帳の外に置かれような状況に陥っています。私の店もお客様が激減し、毎日とても心配です。いつかまた、あの蚊世の中のような安心感が宮崎に訪れる事を心から祈っています。
 十 しかし、見よ、わたしは都に、いやしと治癒と回復とをもたらし、彼らをいやしてまことの平和を豊かに示す。   エレミヤ書 33:6

2010 7月号

いい肉、はいってる?

 私の店では、12年前(人情屋台時代)から宮崎牛を扱っています。その頃は今ほどメジャーな肉ではありませんでしたが、私には特別な思い入れがありました。それは、いつも遠い小林から来てくださって、「いい肉はいってる?」と言って、いつもわざわざ宮崎牛のステーキを食べてくださっていた、牧場主の小山さんのお話をいつも聴いていたからです。そんな地道な努力もあって、宮崎牛は一流のブランドになったと思います。私には、何もできませんが、このすばらしいブランドが無くならないように、今日も神様に叫びたいと思います。
十 人々の叫び声が、今、わたしのもとに届いた。 出エジプト記 3:9

2010 6月号

花の裏側

私は、花の名前はよくわかりませんが、キレイな花をみる事が好きです。この前ふと、花びらの裏側のすじが気になりました。その細いすじが一生懸命反ることで、花びらが開いて美しい花になるのではないかと、考えました。私は表向きや目立つ事に気をとられてしまいがちですが、あの人知れず頑張る細いすじのような人になれたらいいなあと願います。

十右の手のする事を左の手に知らせてはならない。あなたの施しを人目につかせないためである。そうすれば、隠れた事を見ておられる父が、あなたに報いてくださる。
マタイによる福音書 6:3〜4


2010 5月号

あしあと

マーガレット・F・パワーズの詩
ある夜私は夢をみた 神様と二人 私は並んで砂浜を歩いていた 砂浜の上に 二組の足あとが見えていた 一つは神様 そして 一つは私のあしあとだった 
しかし最後に私がふりかえってみた時 ところどころで 一組の足あとしか見えなかった 私はこのことでひどく悩み 神様に尋ねた 「主よ 私の人生で最も苦しかった時 どうして 私を置き去りにされたのですか?」 神様は答えられた 「私の愛する子供よ 私は決しておまえのそばを離れた事はない おまえが最も苦しんでいた時 砂の上に一組の足あとしかなかったのは 私があなたを背負っていたからなのだよ。」

2003.11/19母より

十愛と憐れみをもって彼らを贖(あがな)い 昔から常に彼らを負い、彼らを担(にな)ってくださった。  イザヤ 63:9

2010 4月号



私は、コブクロの「桜」という曲が大好きです。それは失恋した人への応援歌だからです。失恋は、当事者にとって、とても大きな問題であり、それを苦に自殺する人もいる程です。しかし、1年のうちのほとんどの時間、花もつけずにじっとしている桜の木のように、じっと耐えればまた花を咲かせる事ができます。人生においても失恋以上に傷つき倒れる事がたくさんありますが、そんな時も「誰かの声でまた起き上がれる」と思います。前向きに生きていれば、いつの日か時が解決してくれるから・・・・・。

十思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。 神があなたがたのことを心にかけていてくださるからです。
ペトロの手紙 - 5:7

2010 3月号

2つの悩み

現代は、大変悩み多き時代ですが、ある人から「悩みは大きく分けて、2つしかない。解決できる悩みと解決できない悩みだ。」と聞いた事があります。前者は、問題点を箇条書きにして1つずつ解決する事ができますが、後者は、どうすれば良いのでしょうか?これも2つ方法があります。1つは、忘れる事。もう1つは、神様に任せる事です。あなたの神様が信頼に値する存在ならば、どんな大きな悩みがあっても、安心できると思います。

十夕べも朝も、そして昼も、わたしは悩んで呻く。神はわたしの声を聞いてくださる。
詩編55:18


2010 2月号

パパから兄弟へ

 私は、日曜日は教会学校の教師をしています。とは言っても、「先生」とは誰もが呼ばず、やっぱり「やまちゃん」と呼ばれています(笑)先日のクリスマス礼拝の時に、私のクラスの中学生が洗礼をうけました。その子は小さい頃、お父さんが海外でお仕事をしていたせいか、私の事を「パパ」と呼んでいました。とてもやんちゃで私を本気で怒らせた事もありましたが、最近はすっかりおとなしくなり、自分の意志で洗礼を受けました。私が何を教える事ができたか、わかりませんが、同じ「父なる神」を信じる兄弟になり、とても嬉しかったです。

 十 見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。 詩編133:1


2010 年賀号

さいせん箱の向こう

小さい頃、初詣に行った時、いつもさいせん箱の向こうが気になっていました。「あそこに神さまがおるっちゃろか?」「どんな格好をしてるっちゃろか?」などです。しかし、手塚治虫という人が「宇宙そのものが神である。」と言っていたのを聞いて、びっくりしました。また、教会で最近習ったのは、「神は、宇宙とその中の全てのものを創られた。」です。神様ってどんだけでっかくて、すんごいのでしょうか?これでは、さいせん箱の向こうに見つけられるはずもありませんが、最強の神様が私たちの味方だと知ったら、新しい年も安心して、歩んでいける気がします。

 十 神は果たして地上にお住まいになるのでしょうか。天も、天の天もあなたをお納めすることができません。 列王記上 8:27


2009/12号

空我  -クウガ-

私は、仮面ライダークウガが大好きです。10年前に放送されたオダギリジョーさん主演の番組ですが、私の想い入れは、「クウガと結婚したら?」と妻が言う程です。先日の36歳の誕生日に藤原さんから、クウガのアルティメットフォームをいただいて、本当にうれしかったです。それは、悪の力ではなく、自分(我)を犠牲(空)にする、愛の力で悪に打ち勝った、戦士の姿なのです。クウガを見る度に、主イエスが全ての罪から救う為に来てくださった、クリスマスの夜の事を想い出します。

 十 友のために自分の命を捨てること。これ以上に大きな愛はない。 ヨハネ15:13


2009/11号

安息年

旧約聖書レビ記によると、7年目は畑に種を蒔いてはならない安息年とされています。当店も不況のせいか「開店休業」の日が今年は特に多いです。しかし、こういう時こそ、店の真価が問われます。不況や周りのせいにばかりしてられません。神様に「知恵を与えてください。」と積極的に祈る時、神様は、必ず答えてくださいます。何より、今までどれほど多くの惠を頂いていたかに気付かされるのです。
 
十 7年目には全き安息を土地に与えねばならない。これは主のための安息である。 
 レビ記 25:4

2009/10号

庄三郎

私の商売のスタートが人情屋台村だった事は、以前にも書きましたが、その頃の全く信用のない23歳の私に店舗を貸してくださったのが、吉野酒店の社長(現在、相談役)でした。現在の店をオープンする時も、「また、お取り引きをさせて頂きたい。」と挨拶に伺ったところ、「私の友人。」「地獄の底までお付き合いします。」と言ってくださり、手渡してくださったのが、「庄三郎」という焼酎でした。宮崎には、たくさんの美味しい焼酎がありますが、その中でもおすすめしたい一本です。

十 親切な言葉は蜜の滴り。(したたり)魂に甘く、骨を癒す   箴言16:24


2009/09号

穴のあいた袋

私が商売を始めたのは、23歳の時です。若さと勢いだけで周りも見ず、つっ走っていました。そう私は、年収○○○○万円(\_\)チーン を目指す道をひたすら走っていたのです。それは、ちょうど、穴のあいた袋にお金を一生懸命つめこむようなものでした。気がついたら、袋の中には何も入っていません。28歳の時、私は事業に失敗し、教会へ導かれました。そこには、無償で愛をくださる神を目指す人生、神と周りの人々から、愛され愛する事に奮闘する人生の道が私を待っていたのです。

十金を稼ぐ者がかせいでも穴のあいた袋に入れるようなものだ。万軍の主はこう言われる。お前たちは自分の歩む道に心を留めよ。   ハガイ書 1:6〜7


2009/08号

一同霊

私は、小さい頃からとても恐がりです。ホラー映画は、ほとんどみませんし、シャンプーしている時、背後に気配を感じると、バッと振り返る程です。
 しかし、教会で「霊は存在するが、霊も神様が造られたものである。霊の問題に振り回されてはならない。」と聞いたときから、あまり恐くなくなりました。もし、恐くなってしまった時も、とっておきのおまじないがあります。「一同霊(礼)!」どんなに恐ろしい霊も、神様の前では、ひれ伏すしかありません。神様は、私たちの最後の味方です。

 十 もし神がわたしたちの味方であるならば
だれがわたしたちに敵対できますか。  ローマ8:31


2009/07号

炎の中に

私の店の炎のマークには、真ん中に十字架〔イエス・キリストの救いを表すシンボル〕とギリシャ大文字のΑ(アルファ)とΩ(オメガ)〔全能の神を表すシンボル〕が入っています。これを入れた事で、聖霊の炎となり、三位一体のマークとなりました。教会へ行く前の私は、心の中に自分中心の炎が燃えていました。これでは周りを焼き、自分自身をも焼き尽くしてしまいます。心の真ん中に神の愛を置く事で、その炎は静かに心の中で燃え続けます。神中心の生活をしようと努める事は、周りの人々を自分自身のように愛する事だと、私は思います。

十 お前の主なる神は、お前のただ中におられ 勇士であって 勝利を与えられる。 
   ゼファニャ書 3:17


2009/06号

バレンシアの風

 2月にスペイン旅行で、一番おいしかったものは、生搾りのバレンシアオレンジジュースです。(料理じゃないんかいっ)
バスの移動中、見渡す限りのオレンジ畑を見ながら、高校時代使っていた”バレンシアの風”というコロンの事を思い出しました。スペインに行くまで、私はバレンシアがどこにあるのか、知らなかったのです。同じように世界の神様は、私が神の存在を知る前から、さわやかなオレンジの香りのような愛で私を包んでくださったのです。
 十 ヤコブは眠りから覚めて言った。
   「まことに主がこの場所におられるのに、わたしは知らなかった。」  創世記28:16


2009/05号

イチロー

私は、鈴木一朗選手が好きです。歳が同じせいかもしれませんが、先日のWBCも、テレビにかじりついて応援しました。調子が悪い中での、日本中からの期待、「折れかけた心」や「足を引っぱり続けた」孤独感を背負いながら見せてくれた、決勝のセンター前ヒットは本当に感動しましたが、「自分の実力」ではなく、「神が降りてきた」と表現したイチロー選手の謙虚さに、ただ、ただ脱帽の思いです。勝っても威張らない、サムライ魂をありがとう!
十 わたしたちではなく、主よ わたしたちではなく あなたの御名こそ、栄え輝きますように 詩編 115:1

2009/04号

ガウディ

先日のスペイン旅行で、私たちが一番楽しみにしていたのは、ガウディが設計した、世界遺産のサグラダ・ファミリア(聖家族教会)です。バルセロナで実物を目にした時、私と妻は「来てよかった!」と叫びました。ガウディは、教会の設計を依頼された事で、人生が180°転換した人物です。聖書を隅々まで読むようになり、神が創造された大自然のアイデアを建築の中に取り入れるようになったのです。ガウディは、設計の途中で、電車にはねられて亡くなってしまいましたが、サラダ・ファミリアの建設が建設が続いている今もなお、天国において、神様の仕事を続けていると、私は信じています。
 十 王座の中央におられる子羊が彼らの牧者となり、命の水の泉へ導き、神が彼らの目から涙をことごとくぬぐわれるからである。
黙示録 7・17

2009/03号

港への道

 小学生の時、小児ぜんそく持ちだったせいか、私は走ったり歩いたりするのが苦手です。しかし、足腰の衰えを感じた35歳は、朝1時間早く起きてウォーキングを始めました。低血圧な私を毎朝モティベートするのは、大好きな場所、宮崎港へ行くという事と、そこにある100円のおいしいコーヒーと、愛しの妻が買ってくれたサウナスーツと、誰にも邪魔されない聖書を読むひとときです。筋肉痛がなかなか治らず港への道は険しいけれど、毎朝、神との対話が私を待っているのです。
 十 あなたの庭で過ごす1日は千日にまさる惠です。   詩編 84:11

2009/02号

宗教

 ある日ラジオで「宗教とは、宇宙の神秘を解き明かすもの。」と言っているのを聞きました。それからすると、今日の宗教は、本来の意味を見失っている気がします。この違和感がキリスト教を宗教と呼びたくない私の言い分でもあります。もし、宇宙の神秘を解き明かす事が、神の愛を知る事とつながるなら、私の信じている神とぴったりきます。大自然の豊かさ、惠の数々に目を向ける時、私たちがどれだけ愛されているかがわかります。
十 主よ、私の慈しみは天に あなたの真実は大空に満ちている。   詩編 36:6

2009/年賀号

初日の出

 私は、小さい頃から初日の出を見に行く事が好きです。わざわざ始発の電車に乗って、伊比井まで見に行った事もあります。元旦の日の出は、いつもよりキレイに見えて、何か特別な感じがします。一年間の幸福を願って手をあわせたりもしました。しかし、聖書の創世記読んだ時、太陽と全てのものを創られた神の事を知り、毎日どこでも、その存在に手をあわせ、感謝する事ができると気が付きました。
十 神は言われた。「光あれ。」 こうして、光があった。  創世記1:3


2008/12号

福音(グッドニュース)

 世間では、不景気の風が吹き荒れています。しかし、私が商売を始めた12年前も不景気でしたし、12年間、一度も「景気がいいね。」という言葉を聞いた事は、ありません。
 不景気でも、太陽は東から昇りますし、水は高きから低きへ流れます。いつも変わっているのは、私達の心の中だけかもしれません。そんなゴタゴタした馬小屋のような心の中に、1番初めのX'mas.イエス・キリストは生まれてくださいました。この福音を、世界大恐慌の時に「今日も、良いニュースがあります!」と叫び続けた、ガブリエル・ヘッターのように、伝える者となりたいと願います。
十 草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。 
 ペトロの手紙 - 1:24・25

2008/11号

結婚

 「恋も2度目なら〜♪」という歌がありましたが、2度目の結婚は、上手にできるでしょうか?おかげさまで、11月16日(日)に清水町協会で、結婚式を挙げる事になりました。感謝します。年をとるごとに、人間関係は、難しくなっていき、1人で生活した方がラクかななんて思う私ですが、神様は、善き助け手を送ってくださり、聖書を通して、こう語られました。

 十 ひとりよりも ふたりが良い。共に苦労すればその報いは良い。   コヘレトの言葉 4:9


2008/10号

コーヒー物語

喫茶店でサラリーマン風の男がコーヒーをすすりながら、何か思い悩んでいる様子です。どうやら彼は、大好きな女性にプロポーズしようかどうか迷っているようです。事情を知った店のマスターが言いました。
「コーヒーは、おかわりできるけど、人生はおかわりできないよ。」

十 愛する妻と共に楽しく生きるがよい。それが、太陽の下で労苦するあなたへの人生と労苦の報いなのだ。   コヘレトの言葉 9:9


2008/09号

夏休みの宿題

 夏休みのある日、宿題をしていなかったバツとして父は私を山へ連れて行きました。全く反省の色がなかったので、父は大変怒り、大きな木に太いつるで私をしばりつけて立ち去りました。簡単に抜け出せると思っていましたがつるはかみ切れず、小学生の力ではほどけません。「このままでは、死んでしまう。」と思った私は、助けを求めて叫びました。「助けてー!」とか「お母さーん」とかいろいろな言葉をたくさん並べましたが誰も助けにきません。しかし、私がなかなか言えない言葉を泣きながら言った時、父が迎えにきてくれました。その言葉は、「ごめんなさい。」です。
 十 神の求めるいけにえには打ち砕かれた霊。打ち砕かれ悔いる心を 神よ、あなたは侮れません。 
詩編 51:19

2008/08号

生きた水’08

ある人が教えてくれました。「人生、成功の秘訣は、水のごとく。」時には細く、時には太く、時には丸く、そして時には激しく岩をも砕く。水はあらゆる事に柔軟に対応しますが、その本質は変わりません。また、「流れる水は、腐らない。」とも言いますが、人間の考えを超えた「生きた水」がある事を、私は聖書を読んで知りました。この水が心の中で泉となり、あふれ流れて、私に係わる全ての人々に届きますよう、祈り求めます。
 十 イエスは立ち上がって大声で言われた。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。     ヨハネ 7:37

2008/07号

シャローム?

「シャローム」とは、イスラエルのあいさつです。直訳すると、「平安ですか?」です。あいさつにこの言葉を使うほど、この国は、戦争の絶えない所です。旧約聖書においても、戦争の歴史がたくさん記されています。現在、平和な日本に住む私たちは、どうでしょうか?私たちの心は平安でしょうか?不平、不満、恨み、争いなどで満たされていないでしょうか。これらの事に心を占領される前に、すでに与えられている惠に感謝し、神様から与えられた大切な一日を、平安に生きる事ができるように、平和の主を心の真ん中に、お迎えしたいと、願います。
十 そこへイエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。そう言って、手とわき腹をお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。     ヨハネ 20:19・20

2008/06号

こんな私でも '08

 私は日頃、「やまちゃん」と呼ばれています。しかし最近は「私はクリスチャンです。」と自己紹介する事が時々あります。人々は驚いて「あなたでもクリスチャンになれるのですか!?」と言います。私は「こんな私でもクリスチャンになれます。」と答えるでしょう。2002年に洗礼を受けて、今に至っても、私は心の中に悪い部分をたくさん持っています。しかし、こんな私でも、主イエス・キリストの十字架の死によって赦され、復活によって、日々新しくされると信じています。この喜びを私と関わる全ての人々にさりげなく、伝えていきたいのです。
 十 「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。
・・・・この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」使徒言行録18:9:10

2008/05号

兜 かぶと

私は小さい頃、こいのぼりをあげてもらった記憶はありませんが、兜の五月人形を買ってもらった事を、うっすらとおぼえています。飾りなのに、頭にかぶって遊んで、壊してしまったような気もします。成績が上がった時、何かを達成した時、兜を買ってくれた父は、いつもこう言っていました。
「勝って、兜の緒を締めよ。」
壊して、無くなってしまった兜は、いつも私の心の中にあります。
十 何を守るよりも、自分の心を守れ。そこに命の源がある。   箴言4:23

2008/02号

手づくり

 私がバレンタインに手づくりチョコをもらったのがきっかけでパティシエの道を選んだ事は、以前にも書きましたが、その道が鉄板焼きに変わってからも、手づくりのすばらしさを感じる事ができます。それは、「おいしい(^v^)」という時のお客様の笑顔を見る事ができた時です。それを見たくて、私たちは日々、色々な事に努力するのかもしれません。現代のように大量生産が当たり前の世の中で「手づくり」が大切にされるのは、私たちもまた、神様の「手づくり」であるからではないでしょうか・・・?
 十 主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。 創世記2:7

2008/01号

お年玉

「お母さんが貯金しとくからね。」と言われて預けたお年玉が、いつの間にか無くなっていた・・・というのは、よくある話ですが、親が自分がもらったのと同じ位のお年玉を、他の子供にもあげていた事に気付いたのは、私が親になった時です。それを思うと、子供のお年玉を親が預かるのは、当然かもしれません。しかし、それを自分で使いたくなった小学6年生の時の私は、お年玉を全部財布に入れて、とてもリッチな気分でゲームセンターへ行きましたが、案の定ほとんどのお金を盗まれてしまいました。(:_;)人は、数々の苦い経験を通して、お金の管理ができるようになります。それと同じように神様から預かった時間を大切に賢く使う事ができるようにと、この子年の正月に願います。

十「忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。」 マタイ25:21

2007/12号
最初のX’masプレゼント

昔々、サンタクロースのもとになった人がいました。セントニコラウスというクリスチャンです。若くして莫大な財産を相続した彼は、キリストの教えに従い、それを貧しい人々の為に使おうと考えました。あるX’masの日、お金に困っていた家庭に札束を投げ入れると、偶然干してあった靴下に入ってしまいました。最初のサンタのプレゼントは、現金だったんですね!?それから街の人々は、その行いを見習って、大切な人や困っている人へX’masプレゼントを贈るようになり、子供たちは靴下をぶら下げて待つようになりました。ニコラウスの精神は、今でも私たちの心の中に生き続け、X’masの日は、誰もが優しい気持ちになれると思います。それは、本当のX’masプレゼントが「神の愛」であるからではないでしょうか?

 十今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。 ルカ2:11

2007/11号

真夜中のLove song

 誰しも人生に”真夜中”があると思います。それは、人生の”どん底”と言える時かもしれません。しかし、そんな時に喜びの歌をうたっていた人達が約2000年前にいました。キリスト教最初の海外伝道者、パウロとシラスです。彼らは、「救いの道」を宣べ伝えていたために、何度も鞭で打たれ、足かせをはめられ、牢に入れられていたのです。そんな中でも彼らは、十字架と復活によって、救ってくださった、主イエスに賛美と祈りを捧げていたのです。その結果、突然奇跡が起こり、牢の看守とその家族までもが救いへ導かれました。私にも、人生の”真夜中”がありました。それは、真っ暗でひとりぼっちだったけれど、暗闇の中で光に気づき、私は決してひとりではないという、愛の歌を聴いたのです。
 十真夜中ごろ、パウロとシラスが賛美の歌をうたって神に祈っていると、ほかの囚人たちはこれに聞き入っていた。
使徒言行録16:25

2007/10号

ビッグロマンス

 私は、身長に小さい頃からコンプレックスをもっています。小中高と身長順に並ぶと、いつも前から2番目でした。今でも、私より身長が低い人は、滅多にいませんし、「もう少し背が高かったら・・・」と思う事がよくあります。しかし、ある時新聞記者のお客さんが言われました。「体の大きさでは、ないでしょう。どの位大きな舞台を演じられるか、どうかです。ビッグロマンスを・・・。」

 十 主はサムエルに言われた。「容姿や背の高さに目を向けるな。わたしは彼を退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映る事を見るが、私は心によって見る。」  サムエル記上16:7


2007/09号

夏の終わりに

私が5才位の時、夏の終わりに家族5人で海へ行きました。遊びに夢中だった私は、家族とはぐれてしまい、夕方になった海岸は、ひとっこひとりいなくなってしまいました。ひとりぼっちになった私は、親は、私をすてて帰ってしまったのだろうか・・・?これからは、ひとりで生きていくのだろうか・・・?などと、考えた事を覚えています。しばらくして、おまわりさんに見つけられ、家族の所へ連れて行ってもらった時、両親が心配して、私を捜してくれていた事を知りました。今では、これ以上の愛を知っています。人生にさ迷っていた私は、神様に見つけられたのです。

 十 あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。 ルカ15:4


2007/08号

オンチ

 私は、小さい頃から歌が下手です。"オンチ"だと笑われて、歌う事をやめた時期もありましたが、やっぱり歌う事が大好きで、歌い続けていたらオンチも少しなおりました。私は、毎週日曜日、教会で歌います。音楽好きの仲間もできて、バンド活動も再びできるようになりました。大自然を創り私をも創られた「大いなる意志」に向かって、なるべく大きな声で、その素晴らしさを私は讃えます。少しはずれた歌声でも、神様は喜ばれるからです。
 十 「岩の裂け目、崖の穴にひそむわたしの鳩よ 姿を見せ、声を聞かせておくれ。お前の声は快く、お前の姿は愛らしい。」   雅歌 2:14

2007/07号

チャンピオン

あなたは、チャンピオンです。あなたがこの世に生まれたのは、過酷な闘争の勝利の結果でした。そう、あなただけが、その闘いで勝利を収めたのです。あなたに先立って、道を切り開いてくれた人や、あなたを後押ししてくれた人々もいたかも知れませんが、たった1人、あなたは選ばれし者です。あなたがたった1つの目標(卵子に到達すること)に挑んだ億千の闘いに比べれば、目前に横たわる問題など、物の数ではありません。
 あなたは、すでにチャンピオンに生まれついているのです。
十あなたを造り、母の胎内に形づくり あなたを助ける主は、こう言われる。
 恐れるな、わたしの僕ヤコブよ。 わたしの選んだエシュルンよ。   イザヤ書44:2

2007/06号

雲のかなたに

今年も、梅雨の季節が近づいてきました。とても大切で必要な季節だという事は知っていますが、私はこの季節が嫌いです。私は、青空が好きだし、雨が降ると自分に都合の悪い事が多いせいかもしれません。人生にも同じように自分には都合の悪い事、悲しみや苦しみが起こります。目前の試練に遮られて、明るい未来を見失い、祈る事すら忘れてしまうこともあるでしょう。しかし、止まない雨はなく、試練の向こうには、いつも明るい未来が広がり、希望は光輝いています。
 十 今、光は見えないが それは雲のかなたで輝いている  ヨブ記 37:21

2007/05号

母の祈り’07

私の母は、人に自慢できるような人ではありません。しかし、父と離婚して、離れて暮らしていた12年の間、私と妹の写真に手を置いて、いつも祈り、私が今までで一番苦しかった時、一生懸命、祈ってくれました。また、人が生きていく上で、一番大切な事を教えてくれた人です。
一緒に仕事をしていると、ムカつく事もあるけれど.....お母さんの息子に生まれて、よかったよ。
 (彼女は)力と気品をまとい、未来にほほえみかける。口を開いて知恵の言葉を語り、慈しみの教えをその舌にのせる。
箴言 31:25.26

2007/04号

必要とされること

今から12年前に、人情屋台という所で鉄板焼の仕事を始めました。深夜の仕事は、ラクではありませんでしたが、この仕事を3年続ける決心をした。きっかけは、「やまちゃんがいてくれて良かった。」という千里師匠の一言でした。そして3年経った時、その店を引き継ぐ幸運に恵まれました。
誰かに必要とされること、そして隣人にも「あなたがいてくれて良かった。」と言ってあげること、それが何よりです。神の目には、みんな高価で尊いのですから。
十親切な言葉は蜜の滴り。魂に甘く、骨を癒す。   箴言16:24

2007/02号

もの作り

  私が、食べ物を作る仕事を選んだのは、17才の時でした。生まれて初めて、バレンタインの手作りチョコをもらって、感激した私は、おかえしも手作りを贈ろうと思いました。その頃皿洗いのバイトをしていたレストランで、コックさん達に習いながら、初めてのチーズケーキを焼き、失敗をしながらも、なんとかホワイトデーに間に合いました。それを渡すと、相手は涙を流して喜んでくれたのです。その時私は、こんなに喜んでもらえるなら、自分の天職にしたいと強く思いました。その夢はケーキ屋を潰して、もろくも崩れ去りましたが、人々に喜んでもらうために、「もの作り」をするという気持ちは、鉄板焼という形になった今でも、少しも変わっていません。
 十「人にしてもらいたいと思う事を、人にもしなさい。」 
 ルカによる福音書 6:31

2007/01号

初詣

 4年程前から日曜日は、教会へ行くようになった私は、正月に初詣に行く必要がなくなりました。しかし、鹿児島の故郷へ帰った時は、よく初詣していた吾平山陵へ登り、この大自然を創られた神の事や自分の先祖へ想いを馳せます。その時の参拝者の長い行列を見る時、私達日本人の神を求める熱心さには感心させられます。その時の気持ちを年の途中や困難にぶつかった時にも、再び立ち上がり、自分の信じた道を歩み始めます。
 十 神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ、それは極めて良かった。 創世記 1:31

2006/12号

十字架

 今年もゆっくりとクリスマスの灯りがともり始めました。クリスマスは、主イエス・キリストが私たちと同じように赤ちゃんとなって、生まれてくださった事を祝う日です。しかし、それと同時にあの恐ろしい十字架のはりつけ刑への道が始まりました。この十字架の救いの業が完了したのは、主イエスが33歳位の時だったと言われています。
 私も今年、その年齢になりました。誕生日が来ていきなり、自分では受け入れたくない事に直面して、心に深く傷みを覚えましたが、主イエスが私たちのために十字架を背負って歩いてくださった事を想う時、その事で愛する人々が笑顔になれるのならば、私も自分の十字架を背負って歩いていけるような気がします。十イエスは、自ら十字架を背負い、いわゆる「されこうべの場所」、すなわちヘブライ語でゴルゴタという所へ向かわれた。
ヨハネによる福音書 19:17
 

2006/10・11号

四年の壁

以前、私が経営していたケーキ屋は、4年で廃業しました。その時のみじめさや心の痛みは、今でも忘れることが出来ません。しかし、この挫折を通して、今日まで私を支えてきた"見えざる手”がある事や、自分もその"手”に創られた大自然の一部である事に気付くようになりました。そして、私の人生は、やりたい事をやる人生からやるべき事をやる人生へと変えられました。大自然の声を聴き、自分の役割を果たす。周りの人々との温かな関わりの中で、巨大な悲しみの壁は、美しい門となったのです。
 涙と共に種を蒔く人は喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は、束ねた穂を背負い喜びの歌を歌いながら帰ってくる。  詩編 126:5.6
 

2006/09号

あなたの旗振り'06

約10年前に、強いインスピレーションを感じた私は、ケーキ屋の時から引き続き、店頭で旗を振っています。それを見てご来店してくださる方が後を絶たない事は、本当に有難い事です。「あなたはなぜ、旗を振るのか?」と時々尋ねられます。理由は色々ありますし、楽な事ではありませんが、1つあげるとすれば、”自分でやると決めた事”だからです。さて、あなたにとっての”旗振り”は何でしょうか? ”あなたにしか出来ない事”それが周りの人々に喜ばれることならば、きっと、豊かな実を結びます。イエスは言われた。「わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである。」  ヨハネによる福音書 4:34
 

2006/08号

あなたをたたえ

先日のFIFAワールドカップで、色々な国の選手がゴールを決めた後に賛美の祈りや感謝の祈りを捧げているのを、数多く目にして、ハッとしました。日々の生活の中で、私は困った時だけお願いして、祈りが聞かれた時は、自分の力でやったと思ってしまいがちです。何かを達成した時、自分を誉め称えてしまうと、そこそこで終わってしまいますが、自分の創り主、すなわち大自然の力を誉め称える事ができたら、それは無限の力を引き出します。もし、称賛される事があったとしても、「私ではなく、私を創った神様がスゴいんです。」と言える人間になりたいと願います。「主をたたえよ 日々、わたしたちを担い救われる神を。」 ダビデの詩 詩編68:20
 

2006/07号

Α アルファ と Ω オメガ

 当店の新しいマークには、ギリシャ大文字の最初と最後アルファとオメガが十字架の両脇に入っています。これは、全知全能の神を表すシンボルです。人類が地球上に誕生してから、現在に至るまで、人々は次のような問答を繰り返してきました。「我々はどこから来てどこへ行こうとしているのか?」私もこの事についてよく考えますが、解りません。しかし、この店を始めた頃に、私の初めと終わり、全てを知り尽くす方がおられる事を知りました。私はこの創り主に毎日祈ります。そして、その祈りは、私の使命感をまっとうする為のアイデアを求める祈りでなければならないと、最近になって強く思います。
「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである。渇いている者には、命の水の泉から価なしに飲ませよう。」 ヨハネの黙示録 21:6
 

2006/06号

掛け替えの無い
 
 辞書でこの言葉を調べると、「代わりとなる人・物がないほど、非常に大切である。」と書いてあります。神様から見て、全ての人がかけがえのない存在であると、聖書は語っています。しかし、この事を自覚する事は、大変難しいことです。失敗した時、困難に陥った時、「自分はダメだ・・・」「必要とされてないのではないか・・・」と考えてしまいます。だから私は、自分を確認するために、毎日聖書を読みます。日曜日は教会へ行きます。そして、神様と同じように、周りの人々にとって、かけがえのない存在になれたら、人生でこれ以上の幸せはないと私は思います。「だれでも、自分の利益ではなく他人の利益を求めなさい。」 コリントの信徒への手紙I 10:24
 

2006/05号

Dream

幼い頃の、あなたの夢は何でしたか?パイロット、スポーツ選手、ケーキ屋さん、お花屋さん・・・?
今でも実現したい夢やあなただけの使命があることでしょう。それが、大自然と周りの人々に喜ばれることならば、必ず実現します。叶えられない理由があるとすれば、ひとつだけ。それは、叶う前にあきらめてしまう事です。あなたなら、きっとできます。あなたの夢を信じて、今すぐ行動してください。
あなたの夢は何ですか?「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。」
マタイによる福音書7:7
   

2006/04号
 
隆聖 -リュウセイ-

このタイトルは、もうすぐ6才になる、龍年の息子の名前です。高い目標をもって生きてほしいという願いと、私が背が低くて何かと苦労したので、背が高くなってほしいという願いをこめて、「隆」(たかいの意味)という字をあてました。そのせいか、木のぼりや高い所が大好きで、私の顔を見ると「肩車して!」と常に言います。また、この名前の音は、私が1年近く鼻と耳の病を患っていた時、病院で聞いたもので、それは苦しみの中で、とても力強い響きでした。
この子が、どんな使命をもって生まれてきたのか、私にはわかりませんが、自分の創造主を知り、その言葉を土台とする時、隆く強くなれる事を自ら感じとってほしいと、親馬鹿の父は心から願います。
「主に望みをおき、主の道を守れ。主はあなたを高く上げて地を継がせてくださる。」誌編37:34

   

2006/03号
 

私の代わりに

この頃は、卒業の季節であり、入試の合格発表の季節でもあります。私は、17年程前に県立高校を受験して、3月20日に発表があったと記憶しています。合格した人は午前中に、不合格の人は午後に登校するようになっていました。私は、午後に登校する事になってしまいましたが、学校へ着くと合格したはずの友達が私を待っていてくれました。すでに開き直っていた私が「どうしたの?」と聞くと、その友達は「どうしたのじゃないよ!」と言って、私の代わりに泣いてくれました。この頃になると、その事を思い出すと同時に、私の罪の身代わりになってくださった、主イエスの十字架を想います。
わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。ローマの信徒への手紙5:8
   

2006/01号
 

ここ掘れワンワン

 私の母は戌年で、何でも大事にとっておく習性があります。約3年前にケーキ屋を廃業した私は、母が居酒屋をしていたこの場所で、今の店を始める事になりましたが、そこは私から見ると、ガラクタの山でした。母は「ここは宝の山だよ。」と言いましたが、私はこんな所で店ができるかと、ボーゼンとしました。特に最初の年は、大変つらく、お客さんがほとんどない上に、他人の妨害やいやがらせが多くありました。そんな時聖書の言葉で、「ひたすら掘る」という事を示されました。そして、どんどん掘っていくうちに、どんな逆境にも勝る宝を見つけました。それは”この店でお客様にいただける。”という事です。いい日ばかりではないですが、今年もこの地で、その事を掘り下げていきたいと思います。
「イサクはそこから移って、更にもう1つの井戸を掘り当てた。それについては、もはや争いは起こらなかった。」 創世記26:22
 
   

2005/12号
 

ラブレター

 私は、あまりラブレターをもらった事がありませんが、この店をオープンした頃(3年前)のX'masにぶ厚いラブレターをもらいました。送り主は神様で、表には「聖書」と書いてあります。私は毎日、このラブレターを読みます。1日3章ずつ読むとちょうど1年で読み終わりますが、意味が解らない所や退屈な所もあって、途中で寝てしまう事もあります。しかし、一貫して書かれていることは、神様は、私を愛し、全ての人を愛しておられるという事で、「あなたには価値がある。」「あなたは愛されるために生まれた。」という事を常に語りかけます。今年もX'masのあかりが燈り始めました。12月25日は、2005年前神の愛が、虐げられていた人々や病に苦しむ人々、思い悩む人々の間に、そっと宿り、完全に現れた事を祝う日です。
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛してる。」 イザヤ43:4
 
   

2005/11号
 

石(イス)の上にも三年

 店がオープンして以来、イスみたいな台(グラグラします)の上で、旗を振っています。この小さな無名の店を、できるだけ多くの人に知って頂きたいという動機から始めました。はたから見たら、大変奇妙な行為で、反響も賛否両論ですが、「旗振りを見て、来ました。」という方は、後を絶ちません。最近、肩を傷めて旗振りの時間も短くなりましたが、三年間続けて来られたのは、通る度に挨拶してくださる方、バスや車から手を振ってくださる方、毎日のように通る方々の励ましによるものですが、私が、大いなる意志の上に立って、生かされているからに他なりません。
「我らがあなたの勝利に喜びの声をあげ 我らの神の御名によって 旗を揚げることができるように。」 詩編20:6
 
   

2005/10号
 

いつもそこに

 私の休日の相棒は、250ccのバイク「クロスくん」です。心をリフレッシュするために、日南海岸まで走りに行くのがとても好きです。堀切峠の最終コーナーをぬけて広がる海は、いつも絶景です。若い頃、失恋してさびしい時などは、よくこの景色を見に行っていましたが、それは、今も変わらず、いつもそこにあります。私は、足りないものやうまくいかない事に気をとられて、ストレスを感じますが、すでに与えられている大きな愛を感じる時、私の魂は生き返ります。
「主は私を青草の原に休ませ 憩いの水のほとりに伴い 魂を生き返らせてくださる。」 詩編23:2〜3
 
   

2005/09号
 



 残暑はまだまだ厳しいようですが、暑い夏の対策として、水分補給に加えて、塩分補給が大切な事は、最近では常識となっています。料理においても、塩は欠かす事のできない調味料ですが、おいしい料理を食べた時に「この料理塩が入ってるの?」と聞く人はほとんどいません。しかし、ありふれたものほど大切だったりします。人は、その人生の中で、ありふれた事しかできないかもしれません。しかし、自分らしく生きて、使命を果たす事は、最大の富であり、財産であると、私は思います。
「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。」 マタイ5:13
 
   

2005/08号
 



 先日、「今、会いに行きます。」という映画を見ました。この作品は、甘く切ないラブストーリーですが、単なる「純愛映画」ではなく、全ての人々に関わる大きな意味での「愛すること」を語りかけています。このタイトルには、「いま、愛に生きます。」という意味も込められているそうです。人は人生を選びとって生きることができますが、花は自分で咲く場所を選ぶ事ができません。しかも、自分の美しさを見る目を持たず、香りをかぐ鼻もありません。しかし、置かれた場所でベストを尽くします。限られた人生の中で、私はどんな愛に生きる事ができるであろうか・・・。
「花びらのように散ってゆく事、この世界で全て受け入れてゆこう。君が僕に残した物、今という現実の宝物。だから僕は精一杯生きて花になろう。」 オレンジレンジ 花 より
 
   

2005/07号
 

世界で最も

 「名前とは、その人にとって、世界で最も美しく、短い詩である。」と、ある人が教えてくれました。あなたも、素晴らしい名前を持っておられる事でしょう。私の場合、両親の出逢いが教会だった(?)という事もあって、「聖書を悟れ」というご命令付きの名前がついています。しかし、聖書を学び始めるまでに29年もかかりましたが、神様はその長い間、黙って待っていてくださいました。ちょうど、主イエスのたとえ話に出てくる放蕩息子の父親のように・・・。どん底の中で、走り寄る神の愛に再び迎えられた私は、清水町教会で日曜日は教会学校の教師をして、子供たちと共に聖書を学んでいます。
「肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。」 ルカ15:23〜24
 
   

2005/06号
 

ジャスミンの花

 今年も店の西側に、白いジャスミンの花が咲きました。もともとは、小さな鉢植えで、1度は枯れてしまいましたが、母が植えかえてくれて、大地に根をおろし、たくさんの花をつけています。この花を見る度に、事故で手足の自由を奪われたことによって、口に筆をくわえ、素晴らしい花の絵と詩を描く人となった星野富弘さんの詩を思い出します。
 なげやりに ただ なげやりに そんな あなたに ジャスミンの花
落ち込んだ時、生きて行くことさえもいやになった時も、主イエス・キリストの愛は、あなたの傍らにも、そっと咲いています。
「だから、明日のことまで思い悩むな。明日の事は明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」 マタイ6:34
 
   

2005/04号
 

パッション(受難)

 パッションとは、主イエス・キリストが十字架の苦難にあわれた「究極の愛の出来事」を指す言葉です。主イエスを十字架にかけてしまったのは、人間の虚栄心や利己心などの自分中心な罪の連鎖でしたが、主イエスは、そんな人間を罪から救うために、自らを犠として神と私たちのとりなしをしてくださいました。私は気が短く、意気地なしで、元妻に手をあげた事が何度かあります。こんな私の罪のために流された主イエスの血潮に感謝し、心が新しく生まれ変わったと信じて、残された使命を果たしていきたいと思います。
「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。」 Uコリント5:17
   

2005/02号
 

ふるさと

 今年の正月は、鹿児島の私の故郷へ10年ぶりに帰りました。この10年間、仕事に追われ、故郷を想う余裕すらありませんでしたが、ふるさとの風は優しく私を包んでくれました。小さい頃通った教会や学校、住んでいた家などを訪ね、いろんな人に会う事ができました。ふるさとの思い出は、楽しかった事と同時に、つらかった事や失敗した事もたくさん浮かびますが、どんな時も傍にいて、全てを知り尽くされている存在がおられる事を知って、全てを感謝する事ができます。
”いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんな事にも感謝しなさい。”テサロニケT5:16〜18
   

2005/01号
 

ラストサムライ

 先日、「ラストサムライ」という映画を見ました。それによると、「侍」とは「仕える者」という意味で、そのために日々自らを厳しく鍛え、戦になると命を賭けて戦います。そして、肉体の再期を遂げる時、いかに納得して目を閉じる事ができるという事をこの映画は語りかけています。私達日本人はこのように素晴らしい血を受け継いでいます。今年もまた生かされて、それぞれの場所で、その人にしかできない使命を、どのように果たす事ができるのでしょうか?イエスはお答えになった。
「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。」 マタイ4:4
   

2004/12号
 

Leprechaun X'mas(レプラコーンクリスマス)

 レプラコーンとは小さな老人の姿をしたアイルランド伝説の妖精で、いつも靴の片方を持ち、修理しています。踊る妖精の靴を修理して得た財宝をかくし持っていて、捕まえると幸福をもたらすと伝えられています。誰でも、幸せになることを望んで日々奮闘しています。しかし、幸福とは私たちがいつも見逃している小さなもので、いつもそばにある当たり前の事かもしれません。今年のX'masも、いつも愛されている喜びから始めたいと思います。
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が1人も滅びないで永遠の命を得るためである。」 ヨハネ3:16
   

2004/10号
 

マリーナ

 10月14日で私の娘は6才になります。英語の「マリーナ(港)」からとり、目指す目標に向かって、人生の旅路を進んでほしいという願いをこめて「まりな」と名付けました。そして時には、港で人々が重荷をおろし、憩う事ができるように、周りの人々に安らぎを与える人になってほしいと願います。主イエス・キリストは言いました。
「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」 マタイ11:28
   

2004/09号
 

Good Luck

 私が独身の時、黒い猫と一緒に暮らしていました。その頃の私は、あまり良い事がなかったので、黒のBluckと幸運のLuckをかけて「ラック」と名付けました。それ以来私の人生はどんどん良くなり、妻とも出逢う事できました。そして小さい頃からの夢だった、自分の店を持つという幸運に恵まれた時、ラックはフッといなくなってしまいました。また、どこかへ幸運をもたらしに行ったのでしょうか。もし、まっ黒くて、赤い首輪の猫を見かけたら、「ラック!」と呼んでみてください。あなたの人生にもGood Luck!
   

2004/08号
 

生きた水

 ある人が教えてくれました。「人生、成功の秘訣は水のごとく。」時には細く、時には太く、時には丸く、そして時には激しく岩をも砕く。水はあらゆる事に柔軟に対応しますが、その本質は変わりません。また、「流れる水は腐らない。」とも言いますが、人間の考えを超えた「生きた水」があることを私は知っています。この水が心の内で泉となり、あふれ流れて私に係わる全ての人々に届きますよう、願います。
   

2004/07号
 

笑顔のために

 私は2児の父ですので、子供たちと仮面ライダーやウルトラマンを一緒にみる事があります。大人の私から見ても、かっこいいものです。しかも戦士は、他人のために命を賭けています。私には命を賭ける事はできませんが、「みんなの笑顔のために、おいしい料理を作る」ことができます。「おいしいね!」と言ってくださるお客様の笑顔を見られる事は、とても幸せな事です。そして、その笑顔は、創造主の笑顔を映し出します。
   

2004/06号
 

必要とされること

 今から10年前に、人情屋台という所で鉄板焼の仕事を始めました。深夜の仕事は、ラクではありませんでしたが、この仕事を3年続ける決心をしたきっかけは、「やまちゃんがいてくれてよかった。」という千里師匠の一言でした。そして3年たった時、その店を引き継ぐ幸運に恵まれました。誰かに必要とされること、そして、「あなたがいてくれてよかった。」と言ってあげること、それが何よりです。神様の目には、みんな高価で尊いのですから。
   

2004/04号
 

あなたの旗振り

 私は開店時間に旗を振っています。それを見てご来店してくださる方がたくさんいらっしゃる事は、とてもありがたい事です。「あなたは、なぜ旗を振るのか?」と時々尋ねられます。理由はいろいろありますし、楽な事ではありませんが、1つあげるとすれば”自分でやると決めた事”だからです。あなたにとっての”旗振り”は何でしょうか?”あなたが自分で決めた事”それがあなたの使命で、周りの人々に喜ばれるものであれば、それはきっと、多くの実を結びます。
   

2004/03号
 

チャンスの神様

 昔、こんな話を聞いた事があります。「チャンスの神様は、前髪はあるが、後ろはつるつるで、通りすぎてからではつかめない。」また、「チャンスは人生で3回しかない。」という人もいれば、「いや、7回だ。」と言う人もいます。確かにチャンスをつかむ準備は必要ですが、神様は、そんな心の狭いお方でしょうか?私たちは、大きな神の愛の中で生かされています。あきらめないで、勇気を出してください。チャンスの神様は、いつもあなたのそばにおられます。

十神御自身、「わたしは、決してあなたから離れず決してあなたを置き去りにはしない」と言われました。
ヘブライ人への手紙 13:5
 
   

2004/02号
 

こんな私でも

 私は日頃、「やまちゃん」と呼ばれています。しかし最近は「私はクリスチャンです。」と自己紹介する事が時々あります。人々は驚いて「あなたがクリスチャンですか!?」と言います。私は「こんな私でもクリスチャンです。」と答えるでしょう。洗礼を受けた今でも、私は心の中に悪い部分を持っています。しかし、主イエス・キリストの十字架と復活によって、特別の恵みを受けています。この神の愛は、あなたの所へもすでに届いているのです。
   

2003/12号
 

あなたに逢えたこと...

 ずっと、強がって生きていました。いつも「私が、私が」と我を張って...
29年間生きてきて、やっと気がつきました。いつもあなたが助けてくれていた事、いつも支えてくれていた事。あなたの優しさにふれて、自分の弱さを知りました。そして、本当の強さに守りれている事を知りました。あなたに逢えたこと、クリスマスの夜に心からお祝いします。
 
   

2003/11号
 

母の祈り

 私の母は、人に自慢できるような人ではありません。しかし、私が今までで一番苦しい時、一生懸命祈ってくれた人であり、人が生きていく上で一番大切な事を教えてくれた人です。年々、青少年が犯罪に巻き込まれる事が多くなっているように思います。子供にあーしなさい、こーしなさいという前に、祈ってくれる母親がどれだけいるだろうか.....?
 
   

2003/10号
 

悲しみの向こうに

人生には、さまざまな悲しみや苦しみがあります。時として、目前の試練にさえぎられて、明るい未来を見失ってしまう事もあるでしよう。しかし、やまない雨はなく、その後の虹のように、私たちは悲しみの向こうに、光輝く未来が待っている事を知っています。さあ!立ち上がり、勇気と希望をたずさえて光の道を歩き出しましょう!
   
 
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